「たった一杯の味噌汁と、削りたてのかつお節がのった白いごはん。」
そんな究極にシンプルなメニューで行列が絶えないお店をご存知でしょうか?
東京・渋谷にある「かつお食堂」。
その店主を務めるのが、「かつお節伝道師」こと永松真依(ながまつ まい)さんです。
メディアで見かける彼女は、常に一本のかつお節を手にし、情熱的にその魅力を語っています。
しかし、実は彼女の経歴は驚くほど波瀾万丈!
かつては今の姿からは想像もつかないような生活を送っていたんです。
今回は、そんな永松真依さんの転身劇や、かつお節に捧げる熱い想いについて深掘りしていきます。
永松真依の経歴や学歴は?
永松真依さんは現在
世界からも注目される「かつお食堂」の店主
1987年生まれで2026年で39歳を迎える、まさに脂の乗った「かつお節のスペシャリスト」です。
永松真依さんのプロフィールを簡単にまとめると、以下のようになります。
| 本名 | 永松 真依(ながまつ まい) |
| 愛称 | かつおちゃん |
| 生年月日 | 1987年生まれ |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 学歴 | 成城大学文化史学科 卒業 |
| 肩書き | かつお節伝道師、かつお食堂店主 |
永松さんは大学卒業後、
2015年に鰹節を販売するセレクトショップを設立
2017年に渋谷のバーを間借りする形で「かつお食堂」をオープン
2019年には現在の渋谷区鶯谷町に路面店を構える
当時は「朝からかつお節を削る音が響くバー」として話題になりましたが、
驚くべきは、その評価の高さです。
・ミシュランガイド東京: 2022年から3年連続で「ビブグルマン」掲載
・食べログ: 「定食 百名店」や「食堂 百名店」に何度も選出
「定食屋」という枠を超え、いまや日本の食文化を代表するアイコンの一人となっています。
30代という若さで、これほどまでに一つの食材を極め、公的な評価も勝ち取っているのは、並大抵の努力ではないと思います。
永松真依の若い頃はクラブ通いのギャルだった?なぜ鰹節にハマったの?
今でこそ割烹着が似合う永松さんですが、
20代前半は、なんと夜な夜な渋谷や六本木のクラブに通い詰める「ギャル」
だったようです。
今の落ち着いた雰囲気からは全く想像がつきませんが
なぜ、ネオン輝くクラブシーンから、渋い「かつお節」の世界へ足を踏み入れることになったのでしょうか。
「何者でもなかった」20代前半
大学を卒業したものの、特にやりたいことも見つからなかった永松さんは、就職活動をせずに派遣社員として働いていました。
平日の夜や週末は、渋谷や六本木のクラブへ。
食事といえば、マクドナルドなどのファストフードが中心という、まさに「現代っ子」な生活を送っていました。
運命を変えた「祖母の背中」
そんな不規則な生活を送る娘を見かねた母親が、「一度、福岡のおばあちゃんの家に行ってきなさい」と勧めます。これが人生の大きな転機となりました。
25歳の時、福岡を訪れた永松さんは、当時85歳だった祖母の姿に衝撃を受けます。
祖母が取り出したのは、
亡き祖父から結婚祝いで贈られたという年季の入った「かつお節削り器」。
背中を丸めながら、一生懸命にシュッシュッとかつお節を削るおばあちゃんの姿を見て、「なんてかっこいいんだろう……」と雷に打たれたような感銘を受けたそうです。
それまで「かつお節=パックに入ったピンク色の粉」だと思っていた永松さんにとって、目の前で削り出される宝石のような黄金色の削り節と、部屋いっぱいに広がる香りは、何よりも刺激的で「リアル」なものに映ったとの事。
失敗と挫折を経て「本物」への道へ
そこからの行動力が、まさに「かつおちゃん」の真骨頂です。
祖父の形見の削り器を譲り受けた彼女は、
すぐさま築地でかつお節を購入。
さらに知識を深めるため、
3年半ぐらいかけて北は宮城・気仙沼から南は沖縄・宮古島まで、全国の産地を巡る「かつお旅」を敢行
最初は空回りもあった様で、
「かつお節で面白いことをしたい!」と考えた彼女は、かつてのホームグラウンドであるクラブで、スケボーを改造した削り器を使い、踊りながらかつお節を削るというパフォーマンスを行います。
そんな彼女に、ある女性客が
「削りかすが下に落ちている。本当にかつお節が好きなら、そんな扱いはしないはずよ」
この言葉に、永松さんはハッとさせられます。「自分が目立つための道具にしていただけではないか?」と。
その年の大晦日、
心を込めて削ったかつお節で年越しそばを作った際、
お姉さんが汁まで飲み干して「おいしい!おかわり!」と言ってくれ
その笑顔を見たとき、「パフォーマンスではなく、美味しさで伝えていくんだ」と、彼女の覚悟が決まったとインタビューで語っています。
やがて、かつおぶしの魅力を発信する一つの場所が欲しいとの想いが通じ
お店をまがりでスタート。
週3だけの営業から徐々に日数を増やし、その後今の店舗へ移転。
その中で大切にしていた事は
飲食店勤務の経験がほとんどなかったので、飲食店を経営している友人や知人に意見を聞きました。今でも大切にしているのは、ケータリングをしていた会社の方に言われた「きちんとしたものを出して、ちゃんとしていれば、ちゃんとしたお客さんがつく」ということ。
お客さんが少ないから、儲けたいからと、食材をケチるのではなく、いつもちゃんとしたものを出す。人は苦しくなると何かを削る傾向にあるけど、そういうときこそ増やすことが大切だという言葉は、今、本当に実感しています。自分がきちんとしていたら、人が人を呼んで、将来的にはプラスになる。実際、営業活動って全くしていなくて、口コミでお客さんが増えて、メディアに取り上げていただけるまでになったんです。
引用元;https://news.livedoor.com/article/detail/17828844/
この様に、かつお節の魅力を丁寧に伝え続ける事で反響を得ている事が理解できます。
「かつお食堂」のコンセプトや永松真依の想い
現在、永松さんが営む「かつお食堂」には、単なる飲食店という枠を超えた、彼女の強い信念が詰まっています。
「かつお食堂」は「削りたてのかつお節」を主役とし、日本の伝統文化を五感で体験する場所
そのこだわりは
1. 削りたてが「主役」の贅沢
お店に入るとまず目に飛び込んでくるのは、カウンター越しに鎮座する立派なかつお節。
注文が入ってから、永松さんが1人分ずつ丁寧に削っていく。
削り節は酸化が早いため、削った瞬間の「命の香り」を届けることにこだわっています。
2. 「顔の見える」生産者の物語を伝える
永松さんは、自身が産地を巡って(彼女はこれを「回遊」と呼びます)出会った漁師さんや加工職人さんとの繋がりを大切にしている。
月替わりで使用するかつお節を変え、
「このかつお節は、どこで誰が、どんな想いで作ったのか」
彼女の言葉を通じて、お客さんは一杯のごはんの向こう側にいる生産者の情熱を受け取ることができます。
3. 「鰹節道」の確立を目指して
永松さんは、かつお節を単なる食材ではなく、「日本のソウルフード」であり「伝統芸能」だと考えています。
茶道や華道のように、道具を愛で、削り方を学び、その精神性を味わう
「鰹節道(かつおぶしどう)」
を確立したい。
そんな大きな夢に向かって、彼女は日々、全力でかつお節を削り続けています。
ちなみに、彼女のこだわりは凄まじく、
かつお節の繊細な香りを邪魔しないよう、お客さんにも香水や整髪料を控えるようお願いするほど。
そして、店主である彼女自身の腕力にも限界があるため、1日の提供数は限られています。
まさに、命を削ってかつお節を削っていると言っても過言ではありません。
まとめ|永松真依の経歴は?「かつお食堂」の店主で年齢は39歳!若い頃はクラブ通い!
永松真依さんの魅力は、単に「かつお節が詳しい」だけでなく、「自分が本当に良いと信じたものに、人生を全振りしている潔さ」にあるのではないでしょうか。
- 20代のクラブ時代を経て、25歳でかつお節の魅力に開眼
- 全国の産地を巡り、老舗「にんべん」での修行を経て独り立ち
- 「かつお食堂」を通じて、日本の伝統文化を次世代へつなぐ
彼女が削るかつお節の音と香りは、忙しい現代人が忘れかけている「丁寧な暮らし」や「食への感謝」を思い出させてくれます。
かつては渋谷のクラブを飛び回っていた「ギャル」が、おばあちゃんの削る姿に魅了され、今や世界が認める「かつお節伝道師」へと変貌を遂げた。
人生、どこで何がきっかけで変わるか分からないからこそ、面白いですね。
ここまでお読みいただき有難うございました。


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